2010年1月3日日曜日

「難民」になる覚悟

みなさま、今年もよろしくおねがいいたします。

今年は、去年にもまして、自分のアウトプットとインプットを厳しい目で見れていけたらいいなと思います。特にインプットは、自分を律しないとなかなか出来ない環境にいますので。

あと、人生には決断と勝負が必要ですので、そのへんを忘れずに。一つ大きな決断を今年は下しそうです。(会社はやめません)

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いつか、難民に関する文章を書いたことがあります。アフリカや中東のニュースで話題になる、あの難民です。

難民は、「国民ではない人々」と理解することができます。国民国家の世界における例外的な人々です。

地球上に生まれる限り、基本的には人はどこかの国の国民としてうまれます。国民国家体系がなくなる前に人類は宇宙で生活を始めそうだから、きっと宇宙で人が生まれる時代になっても、決して地球人とか宇宙人ではなく、何らかのルールのもとでどこかの国の国民になるでしょう。

国民としてうまれれば、その国の保護をうけることができます。海外で大地震がおこると、日本国政府は日本人の死者がでていないか調べてくれます。海外でお金をすられてどうしようもなくなったら、とりあえず日本国大使館に泣きつきましょう、なんとかしてくれます(あまり喜ばれる利用法ではありませんが)。

そんな中で難民というのは、何らかの事情で、本来保護をしてもらえる国から保護してもらえられなくなった人たちのことをいいます。正確にいえば、「何らかの事情」に制限がありますし、「保護してもらえない」というよりは「迫害を受ける」というのが正しい定義ですが、そんな大差ないです。

人は、国家に守ってもらえるもの、それが当たり前でした。難民は国家に守ってもらえないので、国家以外の誰かが守らにゃいかんぜよ、ということで、当時難民問題を担当する国連組織の偉い人だった人が、「人間の安全保障」というのを言い出しました。国じゃなくて、一人一人の人間を助けないと、あぶれちゃう人がいますよね、よくないですよね、という考え方です。

いま、発展途上国支援において、国レベルでこの考え方を大事だといっている国があります。日本です。JICAのホームページを見ると、なんかいろいろ載ってます。

だけど、そろそろ、日本人も人間の安全保障の対象になることを考えはじめてもいいんじゃなかろうか、と思います。

まだまだ失業者は増え、税収は容赦なく減っていきそうです。国の借金も減りそうにありません。もうみんな満足するほどお金は使えないんだということを、事業仕分けが教えてくれました。年金が何の問題もなく数十年後も支払われるなんて、もう思っている人はあまりいないはず。ハイパーインフレが起きたら、がんばって貯めたお金もパーです。

もう国は守ってくれないかもしれません。ではなく、守れなくなってしまうかもしれません。

そのとき、日本人は「難民」です(国内避難民かな?)。そうなる準備が必要なのかな、と。もちろん今年中にそろえないと!っていう時間軸はないでしょう。でも、これ、準備しようと思うと、それなりに計画と時間が必要なものな気がするのです。

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