2010年1月3日日曜日

2020年くらいまでに

そういえば、今年の目標みたいな話を書くのを忘れてた。

といっても、組織論を勉強しますーとか、英語をなんとかせねばー、とかそういうことをここに書いても仕方ないので・・・、2020年くらいまでの長期目標を二つ、今決めたので書いておく。で、毎年ふりかえろう。

・本当の意味で、信頼され、頼られ、相談される人になる
・世界観を持つ

どっちも、そもそも信頼され、頼られ、相談される人とはどういう人なのか、そもそも世界観をは一体なんなのか、という問いに答える作業から始めないといけない。

なので時間がかかると思う。正直2020年とはいわず、2015年くらいまでには達成したいけれども。

一点目について、二年間働いてわかってきたのは、単なる知識だけでは相談されることはないこと。それは相談ではなくて、情報を求められているだけ。

例えば、途上国でインターンをしようと思っている人に相談されたことがあるわけだけど、情報提供を超えた価値をうみだせていたとは思えない。

もちろん知識や情報は大事。途上国で生活したことがなければ、途上国にいきたい人の相談にはそう簡単にのれませんし。しかし途上国のことを知ってるだけでは、永遠にそれ以外の相談にのることはできないし、一度途上国に行ってしまえば、その人にとって僕は用無し。それは、本当の意味で頼られてる、とは言えない。

それでは、常に、途上国に行きたい人に、上司に、はたまた経営者に、信頼され、頼られ、相談される人とはどんな人なのか。まずはここから考えないと。

二点目は完全に五里霧中。一体なんのことやら。

だけど、尊敬する先輩社員に、専門知識でかなわない人と対等に話すためには世界観が必要、と言われたので、書いてみた。いつかこの意味がわかる日がくるのだろうか・・・。

先は長い。

「難民」になる覚悟

みなさま、今年もよろしくおねがいいたします。

今年は、去年にもまして、自分のアウトプットとインプットを厳しい目で見れていけたらいいなと思います。特にインプットは、自分を律しないとなかなか出来ない環境にいますので。

あと、人生には決断と勝負が必要ですので、そのへんを忘れずに。一つ大きな決断を今年は下しそうです。(会社はやめません)

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いつか、難民に関する文章を書いたことがあります。アフリカや中東のニュースで話題になる、あの難民です。

難民は、「国民ではない人々」と理解することができます。国民国家の世界における例外的な人々です。

地球上に生まれる限り、基本的には人はどこかの国の国民としてうまれます。国民国家体系がなくなる前に人類は宇宙で生活を始めそうだから、きっと宇宙で人が生まれる時代になっても、決して地球人とか宇宙人ではなく、何らかのルールのもとでどこかの国の国民になるでしょう。

国民としてうまれれば、その国の保護をうけることができます。海外で大地震がおこると、日本国政府は日本人の死者がでていないか調べてくれます。海外でお金をすられてどうしようもなくなったら、とりあえず日本国大使館に泣きつきましょう、なんとかしてくれます(あまり喜ばれる利用法ではありませんが)。

そんな中で難民というのは、何らかの事情で、本来保護をしてもらえる国から保護してもらえられなくなった人たちのことをいいます。正確にいえば、「何らかの事情」に制限がありますし、「保護してもらえない」というよりは「迫害を受ける」というのが正しい定義ですが、そんな大差ないです。

人は、国家に守ってもらえるもの、それが当たり前でした。難民は国家に守ってもらえないので、国家以外の誰かが守らにゃいかんぜよ、ということで、当時難民問題を担当する国連組織の偉い人だった人が、「人間の安全保障」というのを言い出しました。国じゃなくて、一人一人の人間を助けないと、あぶれちゃう人がいますよね、よくないですよね、という考え方です。

いま、発展途上国支援において、国レベルでこの考え方を大事だといっている国があります。日本です。JICAのホームページを見ると、なんかいろいろ載ってます。

だけど、そろそろ、日本人も人間の安全保障の対象になることを考えはじめてもいいんじゃなかろうか、と思います。

まだまだ失業者は増え、税収は容赦なく減っていきそうです。国の借金も減りそうにありません。もうみんな満足するほどお金は使えないんだということを、事業仕分けが教えてくれました。年金が何の問題もなく数十年後も支払われるなんて、もう思っている人はあまりいないはず。ハイパーインフレが起きたら、がんばって貯めたお金もパーです。

もう国は守ってくれないかもしれません。ではなく、守れなくなってしまうかもしれません。

そのとき、日本人は「難民」です(国内避難民かな?)。そうなる準備が必要なのかな、と。もちろん今年中にそろえないと!っていう時間軸はないでしょう。でも、これ、準備しようと思うと、それなりに計画と時間が必要なものな気がするのです。

2009年12月8日火曜日

芸術家とかスポーツ選手とか事業仕分に文句言ってるみたいだけど

そりゃこんだけ税収減って、増える見込みもなかったら、
減らさざるを得ないんじゃないだろうか。

経済成長しない国ってのはそうなってくってのを、
これをきっかけに早く気づいたほうがいいのでは。

スポーツとか芸術とかは、友愛に基づいた金持ちの寄付(再配分)で
やっていく、って決断したんではなかったでしたっけ。前の選挙で。

2009年12月1日火曜日

本日、12月1日

世界エイズデーです。

2009年10月15日木曜日

久しぶりに

ううむと唸らされるフィードバックをもらった。

ずーっと指摘されていた課題にだいぶ目処がたったために
最近迷走というか安住していたことにも気付かされ、
ようやくさし当たって目指すところが明確になった感じ。

自分の能力を上げるためには、目指すもの(課題)が明確になっていないと
いけないわけだけど、それが難しいわけで。それを気付かせてくれる人が
身近にいてしかも仲がいいというのはありがたい。

誰かにとってそういう人にいつか僕はなれるのだろか。

もちろん、自分の能力を上げることが目的になっちゃダメなのは大前提。

2009年9月26日土曜日

自明性の罠からの開放

「当たり前」から自由であるというのが第三者の一つの存在意義だと
思うのですが、それを主張しすぎるということは、「何もしらない」と
一瞥されてしまうことと背中合わせである。

したがって、「知ったかぶり」というのは重要な技術の一つ。

でもそれだけでは何も始まらない。

2009年9月23日水曜日

文明の海洋史観

今までなぜか食わず嫌いだったのでこの連休中に一気に読了。

(いや、仕事結構あったんですけどね…。仕事の間に読むつもりが
読書の合間に仕事になっちゃってちょっとやばい)

この議論がどれくらい的を得ていて、いまどんな評価をされているのか
は残念ながら知らないけど(調査依頼中)、
人間の歴史をすぱっと斬っていて興味深い。

「歴史」というごちゃごちゃしたファクトをスパッと斬ってまとめる
「史観」はいまの仕事と関連が深いと聞いていたけど、確かに納得。

正しいかどうかは別として、説得力はある議論。
ファクトの量と、その整合性がカギなのかな。

とりあえず知らなかったファクト大量に出されて、
それらがきれいに整理されて美しいストーリーになっていて、
しかも結論に違和感がないと、「ほほー」となりますもんな。

まあ若干の胡散臭さはあるけれども…

あと個人的に興味深かったのは、この本の議論って実は
「人はインセンティブに反応する」っていうのを
(たぶん)無意識に前提においていること。

かなりの部分これって真なんじゃないんだろうかね。